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  • イラスト:竹
    リリン・プラジナーは、天才科学者プラセンジット・プラジナー博士の娘。その隻眼は量子のゆらぎにもたとえられ、ある時は左であったり、またある時は右であったりと、対峙する者、その時と場所によってまったく定まることがない。原因は不明だが、並行世界に無数にある彼女の実存が不安定に重層するがゆえの幻視と推測する向きも一部にはある。
    VCa0年代の電脳暦を象徴する人物といえば、まず筆頭に上がるのがリリン・プラジナーである。隻眼の天才少女はタングラムの生みの親であるがゆえに虜囚となり、あるいは救世主として祭り上げられ、また疎まれて地球圏を追われた。波乱の生涯はあたかも運命づけられていたかのようである。
    父親のプラセンジット・プラジナー博士は、テクノクラートのレイヤー最上層G16に属する人物で、ムーンゲート発掘時には請われてDN社に籍を置いた。その後、第1次Vプロジェクトでは中心人物として要職を担い、主に0プラントで活躍したが、娘のリリンが物心つく前に失踪した。
    身寄りのない幼女はリフォー家に引き取られて成長するが、その際、衛者の少年2人も付き随った。それぞれ蒼輝、焔輝と呼ばれた彼らは常に幼い主人の側によりそい、また年の近い者同士ということもあって絆を深めた。
    リリン・プラジナーは幼少の頃から様々な分野で非凡な資質を示し、リフォー家の総帥、トリストラム・リフォーの目にとまった。彼の後押しもあり、OT関連の分野で実績を積んだ後、父が半ばで放棄した時空因果律制御機構タングラムの開発責任者に抜擢された。作業は順調に進んでいるかにみえたが、VC9f年末に事故が発生する。これに巻きこまれたプラジナーは、タングラムによって穿たれた時空の孔へと引きこまれる窮地に陥ったが、衛者の蒼輝による身を挺した救助で、一命をとりとめた。しかし、少年は入れ違いにCISへと飲みこまれて帰還せず、また少女は片目をうしなった。以後、彼女は喪に服するかのように青の衣服を身にまとい、周囲の口さがない者たちからは「青の未亡人」と揶揄された。
    事故は、プラジナーに奇妙な後遺症を負わせた。特にその隻眼は、都度左右どちらとも定まらず、相対する者を困惑させた。また失われた側の眼窩は、遠く異なる次元にあって周囲を見つめる眼を宿すかのように、彼女にこの世ならぬ世の姿を送り届けるようになった。そのせいか、少女の言動は、常人には認識できない対象に対してなされる度し難いものとなることが珍しくなかった。それはある種の神秘性、カリスマ性とも受けとめられ、徐々に周囲に信奉者が集い、祭り上げられていく。実際は年端のいかない少女でもあるプラジナーにとって、このような扱いは決して快いものではなかったはずである。自らに忍耐を強い、それでも耐えきれず時に癇癪を起こす彼女の傍らには、それを諌める衛者の片割れ、焔輝の姿が常にあった。
    トリストラム・リフォーは、注力していたタングラムの事故について、リリン・プラジナーの過失を疑っていた。VCa0年のオペレーション・ムーンゲート後、企業国家フレッシュ・リフォー(FR-08)の盟主として地球圏を掌握した彼は、少女の身柄を第9プラントに勾留して執拗な追求を行なう。
    両者の関係は奇妙なものだった。独裁者と虜囚という立場の違いからくる緊張関係をはらみながら、そこには互いへの深い理解が伴っていた。リフォーはプラジナーの才能を愛で、彼女は彼の志、つまり、オーバーロードの頸木を解き、地球圏に新たな活力を与えようとする意欲を評価していた。そして、尋問という名の対話を重ねるうち、少女は事実上トリストラム・リフォーの相談役を務め、ある意味彼に最も近い人物となっていたのである。やがてリフォーが暗殺されると、プラジナーは自らを待ち受ける運命を悟り、彼の遺志を継ぐ決意を固める。このとき、彼女は弱冠15歳だった。
    新たにFR-08の盟主となったプラジナーは、何かと批判の多かったリフォー路線を踏襲することは避けた。そして、宿敵であるアンベルⅣの影響力を排除した上で、第2次Vプロジェクトの再興を、FR-08独力で推し進めることを決意した。そこからもたらされる富の分配によって内部に安定をもたらし、その上で、リフォーが夢見たOTの活用を現実にしていく道筋を構想したのである。彼女は傘下の企業国家に働きかけて体制づくりを進めつつ、限定戦争市場重視の姿勢をアピールするために、VCa4年後半、当時としては最大規模の戦闘興行クレプスキュール戦役を主催した。
    戦役の成功により、アンベルⅣを交渉の場に引きずり出したプラジナーは、その後、空前の規模の戦闘興行オラトリオ・タングラムを開闢させ、限定戦争市場を大いなる活況に導く。
    残念ながら、彼女の成功は報われなかった。256系統に分派するリフォー家の一族は、膨大な収益の配分を巡って内紛を繰り返し、度重なる権力闘争の果て、仲介と調整役を担うリリンの存在を疎むようになっていたのである。やがて彼女は放逐され、わずかな側近と共に火星圏へと落ち延びていく。
    だが、プラジナーは不屈だった。自らを陥れた敵が、オーバーロードのティラミアⅢを侵食したダイモンであることを知ると、これを打倒するための軍事組織マーズを創設する。そうして実力を蓄える間、次々と襲いかかる暗殺者に対しては、衛者の焔輝あらため蛍火のファイアフライが身を挺して立ちふさがった。
    その後、ダイモン駆逐の切り札として召喚、これに応じて帰還したタングラムがダイモンに囚われた時、決戦の機は熟した。長駆、手勢を率いて地球圏へと向かったプラジナーは、事象崩壊要塞にてダイモンのコアを無力化することに成功する。
    しかし、勝利は新たな敗北の始まりだった。戦いの直後にアンベルⅣから「可憐なる簒奪者」と断罪され、これが一般に広まると、プラジナーとマーズはあらたな危機に直面する。権力の亡者として世界的な批判に晒される中、火星圏ではマーズが本拠地を追われ、主のリリンは地球圏で孤立してしまうのである。捲土重来を期して機会を待ち、ついに望みを果たしたかにみえた彼女は再びすべてを失い、あらためて自らの生き抜く道を切り拓いていかざるを得なくなった。
    それでも、おそらくプラジナーは諦めない。彼女にとって、不遇は幼い頃から常に身近にあるものだった。隻眼の少女は、儚げにみえてその実、たくましく強靭である。傷つきながらも運命に抗い、その歩むあとには歴史という名の道程が刻まれる。リリン・プラジナーが時代を象徴するアイコンとなるのは必然だった。
  • イラスト:竹
    上図は並立三躯連環体のアイザーマン博士。
    個々の肉体は、左から順に各々Y、Z、Rのイニシャルを持つ。左右の2体(Y、R)は雌体、中央のZ体はデフォルトを中性とする雌雄可変体である。
    YZRの3体は、通常、精神的に連接した形で活動するが、まれに分離して個別に行動することもある。「One Man Rescue」にて最初に登場したとき(P.354)は、Z体が単独で行動していたようだ。
    電脳暦の世界において常軌を逸した業績を成し遂げたものは少なくないが、中でもアイザーマン博士が際立った異才を有する点については衆目の一致するところである。
    博士のプロフィールは公開されているものの、あらゆる階層においてリアルタイムで書き換えが行なわれており、特にVC98年以前についてはまったく信頼に値しない。一般には、VC90年代、おそらく0プラント解体時に野に下った研究スタッフの1人ではないかと推測されている。並立三躯連環体とよばれる特殊な存在形態を採用しており、性別も人格も言動も安定しない、極めてエキセントリックな人物である。三躯の相互リンクにおいて雌体(Y、R)の比重が大きくなると、可変体Zは女性の形をとることが多くなるが、決してその限りではなく、しばしば男性形へも変態する。雌雄が混在することもある。また、容姿は変化しないまま、言動面での性別が切り替わることもあり、特に何かに夢中になって負荷が高くなると、外見と内面の乖離が激しくなる。そもそも連環体の場合、個々の肉体に基づくパーソナリティは重視されないわけだが、そのままだと対人コミュニケーションに支障がでる場合も多々ある。そこで、特に生体間での対話が求められる場合は、便宜上スポークスマン設定された1体(主にZ体)が担当することになっている。
    アイザーマンの足跡についての記述が比較的信憑性を増すのは、VCa0年以降のことである。当時、すでに博士はVコンバータの工学分野において他の追随を許さない才能と実績を誇示していた。フレッシュ・リフォー(FR-08)によるVRの開発禁止が通告された時期ではあったが、これを無視して第6プラント「サッチェル・マウス(SM-06)」で活動を開始、第1世代型VRバイパーをベースに数々の画期的な試作機をつくり出した。これらは、後に火星圏で誕生した屈指の傑作機、マイザー系VRへとつながる技術的端緒となった。
    遡ってVC9d年、博士は火星においてマーズ・クリスタルの結晶鉱滓ブラックベリーを発見、調査過程で重要な着想を得たといわれている。以後、数々の試行錯誤を経て、異なるVクリスタル質(たとえばアース・クリスタル由来、マーズ・クリスタル由来、等)による多層ディスクの製作に成功した。また、このディスクを搭載したハイブリッドVコンバータを用いて、VR単体での長距離遷移、いわゆる定位リバース・コンバートの実用化にも目処をつけた。これがオーバーテクノロジー(OT)業界に与えた衝撃は大きく、地球圏での普及こそVCa6年以降だったものの、その結果誕生した第3世代型VRは旧世代機を駆逐し、地球圏から木星圏にいたる広大な領域で多様な活躍をした。
    博士は(広義の生体リソースに属する)戦闘用メンタル・モジュールの開発にも意欲的で、こちらの作業は個人所有の研究施設で行なわれた。限定戦争市場をあてこんで開発したものは歩留まりが悪く高価ではあったが、高品質だったため評判がよかった。これで一財産を築いたアイザーマンは従来モデルのパフォーマンスを凌駕する新型の製作を決意する(同時に、火星圏での使用を想定したVRの独自ブランド「YZR」を設立、傑作機マイザー系を世に送り出す)。その際、ベースとなる素材データの収集には偏執的に拘り、質量ともに膨大なものになった。これらの多くはかつて兵士であった生体であり、結果、博士のラボはある種の収容所の様相を呈する。P.378に登場するガキバ・マシューも、かつては博士のラボの生体素材として購入された可能性が高い。マシューはラボを破壊して脱走するが、その能力の高さに惚れこんだ博士が新たな肉体を与えて転生させる。以後の2人の関係は、盟友として手に手を携え地球圏を揺るがす事件を引き起こす一方で、互いを怨讐の対象とみなして対立するなど、相矛盾する要素を抱える複雑なものとなる。
    VCa4年以降になると、徐々に博士はVR開発への興味をうしない(それでも多様な機体を世に送り出してはいたが)、それとは別にかねてより構想をあたためていた計画を実行に移す。超長距離転送用の大型ターミナルでもって地球圏、火星圏、木星圏をつなぐペネトレーター計画である。VCa6年に稼働を開始したこの画期的システムは、長距離定位リバース・コンバート技術を応用したもので、第1段階で木星圏から火星圏までの開通を達成、その数ヵ月後には地球圏に到達した。しかし、SM-06は、ぺネトレーター用のターミナルを安定させるため、マーズ・クリスタルの攻性侵蝕波イミュレータを、独断で地球圏に持ちこんでいた。このため、当時、地球圏内で用いられていた第2世代型VRは、その大部分が活動不能となり、うち50%以上が自壊した。オラトリオ・タングラム中止の危機に見舞われたFR-08は激昂したが、SM-06は一顧だにしなかった。「作れるから作っただけ。できたものは有効利用あるのみ」と開き直り、また「我々はトリストラム・リフォーの遺志を継ぎ、新たなOTビジネスを創始する」と宣言、ペネトレーターが生み出すビジネス面での可能性を喧伝した。この主張は、人命と資材を浪費する限定戦争で利益を独占するFR-08に反感を抱く多くの層に支持され、アイザーマン博士は一躍、時代の寵児となった。
    確かにペネトレーターは、かつてFR-08の盟主、トリストラム・リフォーがロジスティクスV計画で実現を夢想し、また挫折した大規模転送システムとコンセプトを同じくするもので、その革新性は、一部のオーバーロードを筆頭とする地球圏の既得権益者の経済的基盤を揺るがすのに十分なポテンシャルを秘めていた。何より重要なのは、これを体制側に仇をなす叛逆者がつくりだした点であり、必然的に地球圏の凋落は加速せざるを得なかった。
    アイザーマン博士の特異な点は、この時代には珍しく、オーバーロードの影響を巧妙に回避して自らの道を邁進し得たことである。これは、彼が早い段階で地球圏に見切りをつけて火星圏に拠点を構え、辺境での活動に専念した点が大きい。火星圏の先住者、マージナルと良好な関係を築くことに成功した博士は、当地の潜在的な守護者として、その後にやってきたアダックス、あるいはプラジナーのマーズといった面々とは対立する傾向にあり、特に後者とは各地で激しく干戈を交える仇敵の間柄となった。極めつきはVCa9年、プラジナーがダイモンを討ちに地球圏へと旅立った隙を狙った決起である。この時博士は、新型VRを多数投入する形で火星圏全域に攻勢をかけ、最終的にマーズを駆逐してしまう。
    こうしてVCa0年代中盤以降、新たな覇者として火星圏に君臨したアイザーマン博士と盟友マシュー大佐の活躍は、なにかと波乱続きだった当時においても、特に際立った輝きを放つものとなる。
  • イラスト:竹
    前暦から電脳暦草創期にかけて、伝説的成功を収めた幾ばくかの家系や人々、あるいはシステムの中には、ある種の超法規的特権階級オーバーロード(Overload)に属するものがある。特に五大極とよばれる5つの系統は、地球圏の権力構造の根幹をなす強大な存在で、アンベルⅣは、このうちの第四極を治める統合型ペルソナである。オーバーロードの中にあっては珍しく人の姿をまとうのを好み、しばしば下層レイヤーに出没して巷間を賑わした。 イラストのアンベルは、VCa4年、フレッシュ・リフォーの総帥リリン・プラジナーとの会見に臨む際の姿。トリストラム・リフォーによってVC9f年に斃されるまでは青年の容姿だったが、新たに依代となる肉体を新造したものと思われる。
    ディフューズ・アルフレート・ド・アンベルⅣは、悪名高き我侭と気まぐれで社会を翻弄するオーバーロード第四極の14代目当主である。好んで人の容姿で顕現するが、果たしてその正体が見た目どおりのものか、あるいは巨大システムのアバターにすぎないのかは判然としない。
    謎めいた言動を振りまき周囲を混乱させて楽しむ悪癖が災いして敵も多いが、反面、カリスマ性に心酔する者も少なくなく、オーバーロードの中では例外的に一般の人気も高い。特に、木星圏への長征を目的に設立した打撃艦隊フォースには多くの賛同者が集い、地球圏外の新興勢力として注目を浴びている。
    彼が頻繁に人前に姿を現わすようになったのはVC90年代に入ってからのことで、VC91年、正体を明らかにすることなくDN社R&Dグループの相談役に就任したのは特筆に値する(後にこれを知ったDN社最高幹部会は驚愕した)。この時、彼は、当時極秘裏に進行中だった第1次Vプロジェクトに対して、その方法論の矛盾とシステム的不備を指摘した36項目の意見書を提出し、即時中止を求めた。これは彼ならではのパフォーマンスであり、その意図は明白だった。VC8f年に行われたBBBユニットの第1回起動実験が失敗して以来、DN社が秘密裏に進めていたVプロジェクトやムーンゲートに関する情報は、断片的ながらもオーバーロードの知るところとなった。OTの実用化が進めば自身の利益を損ねる可能性があるので、彼らは介入の意図を示し、アンベルは進んでその役割を演じてみせたのである。
    DN社最高幹部会は抵抗を試みたものの、0プラントの造反などもあって腰砕けとなり。結局は彼の提言に従う形で、Vプロジェクトの方針変更を余儀なくされた。すなわち、OT研究開発のリソースを、限定戦争専用兵器、戦闘VRの開発に集中特化し、限定戦争市場に参入することが目的となったのである。
    様変わりしたプロジェクトは第2次Vプロジェクトと命名され、統括責任者に就任したアンベルは、VRの販売をVCa0年に開始すべく、精力的に活動した。実際、当時の彼がVRに対して高い関心を抱いていたことは確かのようである
    。 ところがVC9c年、アステロイド帯でVR-017「アイス・ドール(オリジナル・エンジェラン)」が発見されると、アンベルの態度は一変する。彼は、アイス・ドールとの対話を通じて、攻性結晶構造体の存在を知り、特にその核となるVクリスタルに強い興味を示した。フリー・ラジカルと呼ばれるそれは、地球や月で発見されたものに比べて桁違いのポテンシャルを有しており、仮に十分な量を確保できれば、これを用いてまったく新しい形のエネルギー利用法を確立しうる。そこからもたらされる富の大きさに気づいたアンベルは、他のオーバーロードに先駆けてこれを我が物とすべく、密かに行動を起こした。反面、Vプロジェクトの方はないがしろになり、結果、VC9f年末、彼と反目するトリストラム・リフォーによって、その存在の依りどころとなる根源データ群をことごとく破壊されてしまう。
    事実上暗殺されたといっても良いアンベルではあったが、実際にはしぶとく生残していた。むしろ彼はこれを好機とみて潜伏し、攻性結晶構造体についての広範な調査を進めている。特に、子飼いの監察者、薔薇の三姉妹に命じたものは規模が大きく、地球圏から火星圏にまで及ぶ数年間の活動によって得られた情報は膨大だった。
    アンベルとしては、この期間に納得のいくところまで結晶構造体への理解を深めておきたかったようだが、そうは問屋が卸さなかった。VCa0年代初頭、折しも世間ではDNAとRNAの抗争が激化しており、彼は劣勢のTSC/RNA陣営に泣きつかれたのである。かつて自らが先導したVプロジェクトが、自身の気まぐれによって頓挫し、その影響でドロップアウトした者たちの嘆願を、アンベルは無碍にできなかった。やむなく公の前に姿を現し、FR-08の新たな盟主リリン・プラジナーと対峙、OTの利権抗争に決着をつけるべく交渉を開始する。意外にも彼女は強敵で、一時期、会談の流れは不透明なものになったが、最終的にはオラトリオ・タングラムの開闢という形で決着した。けじめをつけたと判断した彼は地球圏を去り、いよいよ本格的に攻性結晶構造体の問題に取り組み始める。
    すでに彼は、攻性結晶構造体の漏出が本格化する時期とポイントについて、確証を得ていた。それはVCa6年以降の木星圏、イオ周辺に展開するVクリスタル由来のゲート・フィールドだった。彼はここに強力な艦隊を配置し、水際での邀撃を行なう計画を立案する。やがてVCa8年になって準備が整うと、アンベルは打撃艦隊フォースを擁して木星圏へと進出、攻結晶構造体との戦闘の傍ら、対立する勢力を容赦なく蹂躙した。フリー・ラジカルの供給源をおさえることを、ある種の聖戦とみなしていた彼は、木星圏の既得権益を主張してフォースの活動に横槍を入れようとするすべての勢力を敵視した。それはオーバーロードとて例外ではなかった。彼が引き起こした争乱は、後に「木星継承戦争」と呼ばれるようになり、結果的にオーバーロードの五大極体制を大きく揺るがした。
    アンベルⅣの事績は、そのいずれもが意外性に富み、あるいは脈絡がなく、必然的に毀誉褒貶が激しい。確かに、彼なくして戦闘VRの誕生はあり得ず、一方で、気まぐれを自制してVプロジェクトを完遂させれば、VCa0年代初頭の不要な混乱はなく、ひいてはダイモンの台頭を許すこともなかったであろう。また、彼が擁するフォースの活動を契機にオーバーロード五大極の枠組みは崩壊し、結果的とは言え、リリン・プラジナーはその尖兵として第三極壊滅の役を担った。あたかも歴史の流れはすべて彼の掌中にあるかのように思われるが、果たしてそれが彼自身の企図したことなのかどうかは、未だ判然としない。
  • イラスト:竹
    アイス・ドールを構成する高純度Vクリスタル質の素体は、人類が生み出した最強最高のVコンバータであると同時に、VR-017オリジナル・エンジェランが現界と接触する際に利用する依代でもある。VC9c年にアステロイド帯で発見された時点ですでに崩壊が進んでおり、右足首は欠損していた(実際には分離した足首が先に発見され、そこから本体の回収へと繋がった)。
    VC90年代なかば、プラセンジット・プラジナー博士は、3柱の至高のVRを世に送り出した。CIS自由往還システムを搭載したこれらの機体は、有人制御を必要とせず、MSBSさえ非実装のまま自律的な行動を可能としていた。VR-017、VR-014、VR-011と型番をうたれた彼女たちは、各々17歳、14歳、11歳の少女に相当する固有の人格を宿し、そなえ持つ超高効率Vコンバータによって、身体データを自由に変えることができた。このため、CISを往来するだけでなく、人間とVRという二相間の可逆的変換能力をも併せ持つに至り、実際に彼女たちが人の姿になると、身長体重はもちろんのこと、生理的な細目に至るまで、最早人間との区別は不可能だった。
    しかし、その能力の使い方は3体のVRの内でも様々で、ファイユーヴと呼ばれるVR-014が好んで人の姿を象ったのに対し、VR-017はもっぱらCIS内に身を潜ませ、現界にでることは稀だった。それでも必要とあれば実体化もやぶさかではなく、その際は、博士に与えられた素体をコンバータとして使用した。
    この素体は、純度6Nの天然Vクリスタル質でかたちづくられており、それは地球圏由来のものにとどまらず、内惑星系、外惑星系の各所で発見、採集されたものをふんだんに使用していた。VR-017が誕生したVC90年代中葉、Vクリスタル質は月の地下遺跡ムーンゲートから採掘されたものしか知られておらず、プラジナー博士がどこからどのようにしてこれら多彩な素材を入手したのかは、今もって明らかになっていない。
    いずれにせよ、VR-017には破格の品質の素体が与えられたわけだが、課せられた宿命は過酷だった。博士の命を受け、攻性結晶構造体(アジム)の邀撃を担うことになった彼女は、以後、太陽系全域に散らばるクリスタル・ゲートを介して現出する敵との終わりなき戦いに身を投じる。やがて傷つき疲れ果て、大幅にパフォーマンスを低下させた彼女であったが、助けを求めようにもすでに父は行方をくらましていた。藁にもすがる思いでオーバーロードのアンベルⅣに庇護を求め、その際、父親から与えられた素体は初めて人目に晒されることになった。
    神秘的な容貌からアイス・ドールと呼ばれるようになったVR-017(の素体)を前にして、アンベルは、その複雑精緻を極める構造と機能に感嘆、さらに彼女が語る攻性結晶構造体についても強い関心を示し、以後、彼女の活動支援という名目で大規模な戦力の構築を志すようになる(その執心は、後に打撃艦隊フォースとして結実した)。
    またこの間、もう1つの成果として、VCa0年代初頭に新型VRが誕生した。後にSGV-417エンジェランと呼ばれるこの機体は、アジム迎撃システムを担う端末兵器としてTSCが開発したものだが、その姿は、拘束衣をまとったアイス・ドールを模していると言われている。
    アンベルの庇護下に入り、上記のように戦闘VR開発への協力も惜しまなかったアイス・ドールだったが、そこに安住する気は毛頭なかったようである。VC9f年に彼が姿を消し、かわってFR-08のトリストラム・リフォーが台頭すると、TSCの体制も大きく揺らぐ。この間、FR-08に軟禁されていたリリン・プラジナー(VR-017とは、ある種の姉妹関係を有する)の身に危険が及ぶようになると、これを案じたアイス・ドールは、TSCを抜け出してFR-08へと奔った。FR-08は彼女の身柄を受け入れ、再三の要求にもかかわらず、その返還に応じようとはしなかった。TSCはこれを「エンジェランの略奪」であるとして激しく抗議、2大プラントの対立が先鋭化するきっかけとなった。
    その後、トリストラム・リフォーが暗殺され、リリン・プラジナーがFR-08の盟主となると、アイス・ドールは再びその本体をCISへと隠し、休眠状態へと移行する。彼女の活動休止は、攻性結晶構造体に対する有力な邀撃システムの休止をも意味する。結果として、VCa6年以降の木星圏、イオ周辺に展開するVクリスタル由来のゲート・フィールド展開に伴うアジム系、ゲラン系の侵入は激しいものとなり、打撃艦隊フォースに活躍の場を提供することになった。
  • イラスト:竹
    火星でアンベルⅣに救われた折鶴蘭は、直前の戦闘で右足を失っていた。その後、フォースに招じられた際、オーバーロードから替わりとなるクリスタル様の足を下賜される。これは、アイスドールの欠け落ちた右足を加工したものであり、装着した折鶴は、以後、高いバーチャロン・ポジティブを得て優れたVRパイロットとなった。
    RNAに所属していた頃の折鶴少尉は、特に派手な経歴があるわけでもなく、また出自に恵まれていたわけでもなく、平凡な一軍人に過ぎなかった。VRパイロットに求められる資質、バーチャロン・ポジティブにしても十人並みの数値にとどまり、よって乗機は第3世代型のうち最もベーシックかつ人体に与える影響が軽微とされた小型機、L-48リーをあてがわれていた。主な任務は、一線級のパイロットの調整を担う演習業務で、要はやられ役である。とはいえ彼女自身はそれに不満を抱くこともなく、むしろ定職を得ていることに満足していたようだ。昇進への意欲も希薄で、火星戦線での3年の契約が切れた後は故郷に帰り、それまでに貯めた資金で身の丈にあった起業をすることを夢見ていたという。
    そんな彼女の人生は、ある出会いによって激変する。詳細は「Cinderella Heart」(P.488掲載)に譲るが、まさかオリジナルVRファイユーヴと出会い、ツイン・リンク・コンバータ・システム(TLCS)のサンプル・ディスクをあてがわれようとは、夢にも思わなかったことだろう。※1 実はこの時、サンプル・ディスクはすでに折鶴少尉に関連づけされていた(おそらくはファイユーヴの差し金である)。そのせいで擬似オリジナルVRとなってしまった彼女は、超ミニスカートのウェイトレス姿をした機体へとコンバートされ、それだけでも十分に衝撃だったはずだが、加えて、突如出現した攻性結晶構造体アジムと生身(?)で戦うはめになる。しかもあろうことか、これを撃破するという人類史上未曾有の大殊勲をあげてしまったのだ。
    事態は、周辺の偵察を行なっていた薔薇の三姉妹によって即座にアンベルⅣへと伝えられた。不足するフォースの人員、特にVRパイロット補充のため自ら火星圏を訪れていたオーバーロードは、事の顛末をいたく面白がり、直接出向いて彼女をスカウトする。ここに、現地でその後ながく語り継がれることになるシンデレラ伝説が誕生した。
    晴れてフォースに栄転した折鶴少尉の乗機は、それまでのリーからフェイ・イェン型へと変更になった。そして、火星でアンベルに抱き上げられた際に口にした「王子様」発言が災いしたのか、機体の愛称は「シンデレラ・ハート」と決定していた。少尉自身は少々不満だったようだが、すでに彼女のキャラクター・イメージは定まってしまっていたのである。 その後、折鶴少尉は大尉へと昇進し、搭乗するVRは「萌葱白糸折鶴蘭(ルビ:もえぎしらいとおりづるらん)」なる愛称で呼ばれた。フォルムについては、彼女が火星で疑似オリジナルVR化した当時の姿を正確にトレースするよう通達があり(出所不明)、現場は総力をあげて遂行に努めた。数ある難題のうち最大のものが胸部を構成するチェスト・シェル「ソーラクス」のカスタマイズで、白熱した議論と責任問題についての応酬を経た後、意を決した1人の若手技官が直接、大尉のもとに赴いてバストのサイズを尋ねるという壮挙を達成する。大尉が技官の質問に快く答えてくれたか否かは残念ながら不明だが、そこで得られた自己申告データをもとに、「フォルテ / model D65」タイプのカスタム・パーツが設計された。
    通常ならば、ここで話は収束しそうなものだったが、この時はそうならなかった。完成したフォルテ・タイプがパーシャル・コンバート※2を経て実機に装着され、各種点検作業を経るうち、一部のスタッフから異論が出てきたのである。
    「どこか印象が違う」
    問題点を明確にすべく、火星で記録された折鶴大尉(当時少尉)の戦闘映像を中心に精力的な分析がなされた結果、彼女の自己申告値が記録のそれと食い違っていることが明るみにでる。そこで、新たにエディットされたモデル・データをもとに新規設計したソーラクスが、秘かに外部発注された。「ビッグ・バンX / model G70」と呼ばれるこの新型パーツは、データ納品後速やかに大尉の機体に装着され、関係者はその完璧な再現性に息を呑んだ。ところが、事前に何も知らされることなく改修機体に搭乗した大尉が異変に気づき、あまつさえ怒りだしてしまった。
    「ここまで大きくはない」
    要約すると、そういうことらしかった。大尉の怒りは烈火のごとくというより、むしろ秋雨のような当たりの柔らかさであったが、それがかえって人々の胸をうった。
    「我々は誤りを犯していたのかもしれない」
    決意を新たに再検証を始めたスタッフは、昼夜をわかたぬ作業を経て、ついに問題となる項目を見出した。アンダーバストの算出過程、特に数条の三次曲線が交わる極めて微妙なラインに関して、看過できない誤差の蓄積が確認されたのである。全力で修正が施され、再設計された「フォルティッシモ / model G65」と呼ばれる新型は、担当者みずから「新記録」と自賛する最短期間で完成、即座に実装された。結果、関係者一同、以前にも増しての完成度の高さに言葉を失ったが、第三者からは「むしろ大きくなったのでは」との異論が出たという事実も無視できない。
    この頃になると、大尉自身もなにか新たな心的境地に達したようで、出撃のたびに様々なサイズのソーラクスを換装するという遊び心をみせ始める。現場スタッフは血の滲む努力が報われた思いで、以前にも増して献身的に勤めを果たした。彼らは自らを「シンデレラ・ワークス」と称し、以後、大尉機のメンテナンスは、他のパイロットが羨むようなクォリティが保たれることになる。
    苦労人の折鶴大尉は社交的な性格で愛想がよく、また艦隊を統べるアンベルⅣが直々にスカウトしてきたという逸話もあって、フォース内では男女の別なく高い人気を有した。容姿にも恵まれ、特にめりはりの利いたボディ・ラインは決定的だった。配属後間もなく、一部有志によって親衛隊「シンデレラ・ガーズ(Cinderella Guards)」が結成されたのは、さして不思議なことではない。彼らは大尉への絶対的忠誠を誓い、強く団結する。ストイックな姿勢を旨として互いに言動を戒めあい、返す刀で彼女に近づく不心得者を退けた。自主的に身辺警護を行ない、それは、大尉の居室のドアの前から乗機TF-14シンデレラ・ハートのコクピットまで交代制で張りつく、少々常軌を逸したものだった。彼らは、上に述べたソーラクス誕生の経緯についても批判的で、シンデレラ・ワークスの存在を疎ましく思っていた。両者は事あるごとに衝突し、あるいは奇妙な共闘関係を築き、それは、後に木星圏から地球圏にまで及ぶ壮大な椿事を巻き起こす遠因ともなるが、ここでは割愛する。
    ※1 ツイン・リンク・コンバータ・システム(TLCS)とは、2機のVRのVコンバータを相補的にリンクさせることで実存力の共用を可能にするシステムである。これは、攻性結晶構体との戦闘を想定した、戦力の最小単位を2機と定めるフォースのVR運用コンセプトを前提としていた。TLCSの技術的基盤は、アイス・ドールに依存している。そもそも第2世代型VR、SGV-417「エンジェラン」は、その戦闘力、駆動力のみならず実存力までもVR-017と共用する特異な機体だった。実用化の際は、アイス・ドールの全面的な協力をもとに、Vコンバータにセットされる新型Vディスクのサンプルが提供されることになっていた。CIS内に留まる彼女が作成したデータを受け取り、これを実体化させた上で開発先に送り届ける役目は、オリジナルVRの妹分にあたるVR-014ファイユーブが担当し、その道中で折鶴蘭との邂逅があったわけである。
    ※2 当時のVRは、そのメンテナンス上の利便性を得るため、実体化の際に必要となるデータの一部変更や、上書きによる部分的(パーシャル)なリバース・コンバートを可能としていた。
  • 後に薔薇の三姉妹と呼ばれることになる3人は、互いに血縁があるわけではなく出自も所属もばらばらだったが、アンベルⅣ直属の監察者(ルビ:アグレッサー)として召し上げられ、以後、チームとして活動することになった。特にVCa0年以降、アンベルが表の世界から姿を消して潜伏した後は、その手足となって主に攻性結晶構造体の調査活動を担当し、赫奕たる成果を上げた。彼女たちの得た知見は後の打撃艦隊フォース創設に際して大きく取り上げられ、特に実際の邀撃を担うVR部隊の運用ドクトリン構築に貢献した。
    また、フォースが活動を開始した後は、主に火星戦線で強制徴募に従事、運営側のアダックスや国際戦争公司の度重なるクレームを無視して有能な人材を現場から引き抜き続けた。
    その華々しい実績とは裏腹に手法は強引そのもので、オーバーロード直属であることを傘にきた超法規的な実力行使も辞さない。いきおい、被害をうけた関係者の間での3人の評判は非常に悪く、「毒蛇三姉妹」と陰口を叩かれることも珍しくはない。しかし、彼女たち自身がそういった露悪的なパフォーマンスを楽しんでいるきらいがある。上述の強制徴募の際、敢えて戦闘興行の現場に乱入し、過剰な立ち居振る舞いで場を荒らすことからも、その嗜好は伺える。そして幸か不幸か、マイザー/サイファー系のVRを駆って颯爽と戦場に降臨するスタイルや、その傍若無人な言動は一部の層から支持を得ており、ある種のヒールとしての人気を確立してしまっている。
    イラスト:竹
    アンベル腹心の部下として仕える、3人の中では最も古株の女性。年齢不肖だが、VC80年代後半には、すでにオーバーロードへの永年奉身の誓約を済ませており、VC90年代初頭からのDN社介入の際には、アンベル直属のタスクチーム補佐官として辣腕を振るった。奉身者は、その心身の処遇を完全にオーバーロードへ委ねるが、ファングはこれを幸福と考えているようだ。派手な容貌とは裏腹に、主への忠誠心は3人の中でも際立って高い。
    イラスト:竹
    もとは兵士だった複数のメンタル・モジュールを強制統合したものを、女性型素体にインストールした、筋金入りのVRパイロット。敢えて精神の統合状態を不安定に保ち、これを性欲によって強制駆動させることで強大なバーチャロン・ポジティブを叩き出すことができる。その代償として、情緒面での安定性には大いに問題がある。
    名目上、3姉妹の長姉という立ち位置にあるが、本人にその自覚や責任感は皆無のようだ。
    イラスト:竹
    3人の中では最も年下と目され、本人も末妹の立場を受け入れているが、アンベルⅣから寄せられる信任は一番厚いと思われる。外見に反して性格は怜悧、冷酷。VC90年代に隆盛を誇った月面プラント連合勢力「月光閥」傘下の非合法組織、「月影の一族」に属する者のようで、アンベルに仕える前は、リフォー家の一統、ボーテクスの庇護下にあった。
  • イラスト:竹
    イラストでサルペンが着用しているのは、戦闘服のレギュレーション5Sに該当するVRパイロット専用スーツである。5S区分はSHBVD独自の規格で、戦闘服に求められる基本仕様さえ満たしていれば、デザイン面については個々人の裁量が認められていた。サルペンも、好みのものをあつらえる自由を大いに楽しんでいるようだ。
    ミミー・サルペンの出自は上級階層(ルビ:アッパー・レイヤー)のHX-S8で、生体モデルは俗にナチュラルと呼ばれるタイプである。HX-S8に属する人々は代々、身体面での強靭性、特に抗老化志向のアップデートを重ねてきた。このため、概して成長速度は緩やか、そして長命である。年齢は電脳暦と同様の16進数でカウントされる。
    HX-S8は、前暦で盛んに開発された高機能兵士用の生産ラインをベースに成立した自治組織で、電脳暦に更新された後も限定戦争市場に優秀な人材を多く輩出することで知られている。彼女の場合もその例にもれず、特に積極果断な資質と戦闘センスに関しては秀でたものがある。またそれとは別に面倒見のよい一面を併せもち、部下には彼女を慕うものが少なくない。
    サルペンは最初からVRパイロットを目指していたわけではない。VC90年代初頭、HX-S8内で基礎教育を受けた際、幼い彼女は軍人としてよりもむしろ技術者としての適性を評価されたため、航宙艦隊「青藍(後のブルー・フリート)」の下部組織にあたるテスナ・フィスクレス(Tf)社所属ファクトリーにアプレンティス待遇で迎え入れられた。ここで、新造宙航巡洋艦C4級に搭載予定の対艦レーザー照射器Ali-02開発チームに加わった彼女は、早々に才能を発揮、矢継ぎ早に設計面の不備や新規提案を示して周囲を驚かせた。※ 残念ながら、DN社の艦隊新規再編計画27号が見直しとなったためC4級の建艦は中止となり、Ali-02の生産も宙に浮いてしまった。ところが、後にXAV-05(後のライデン)への搭載が打診され、サルペンは0プラント傘下の第五工廠(後の第5プラント)へ専属技術者として出向することになった。試作VRへのAli-02搭載は多くの設計変更を要し、そこでもサルペンは相応の活躍をみせるが、現場で彼女が注目されたのは、バーチャロン・ポジティブの高さだった。VRパイロットとなるには必須のこの能力値が突出していたことが、その後の彼女の運命を大きく変える。改修されたAli-02、すなわちAli-02r搭載型XAV-05のテストパイロットに抜擢されたサルペンは、そこに至る経緯が本人の意向を無視する形であったにもかかわらず、極めて前向きに仕事に取り組み、高い評価を得た。さらにVC96年、0プラントが強行した初の実戦では整備部隊の一員として現場に赴き、当初は搭乗予定がなかったものの、不慮の事故で正副パイロットを失ったライデンの臨時パイロットを務めた。初めての実戦であったにも関わらず、そつなく冷静に任をこなす少女の姿は相当の注目を集めたようで、VC98年、新設された特殊重戦闘VR大隊(後のSHBVD)にVRパイロットとして招聘されることになった。この時サルペンは16歳だった。
    大隊が運用するHBV-05ライデンは1機ごとに異なる特性をもつ難物だったが、彼女は特に207号機の取扱いに非凡な面を見せたため、専属パイロットとなった。以後、Zig-13系ランチャーの開発チームに加わり、長きにわたってテストパイロットを務めることになる。HBV-05が右腕に携える量産型Zig-13の基本仕様は、彼女が担当した数々のテストに基づいて定められた部分が多い。
    彼女は愛機と共に数々の戦場をくぐり抜けてきた。特にVCa0年のOMGでは、アスコーン大尉の指揮下、大尉の戦死後はリットー中尉らと奮戦し、作戦の成功に大きく貢献した(P.284「What’s this for !?」参照)。この時、激戦のさなか、207号機は胸部装甲に直撃を受けて擱座、彼女も重傷を負う。幸い命に別状はなく、機体も改修プログラムF8S/a0の適用を受けて再生、後にSHBVDへと編入された。その後、VCa2年、TAIでのサンド・サイズ戦役では、愛機HBV-05-F8Sを駆り、能力面で優越するRNA側の機体と真っ向から渡りあって獅子奮迅の活躍をする。
    ※「One Man Rescue」のP.358から登場するファイフェル社のドン・オーゼックとは、この頃からの知り合いである。